2007年 09月 28日
フランスピアニスト列伝 pianistes français....
美味しいパン~♪とか言って浮かれてるとこういう事になります…。
ハイ(>_<) パン切りナイフって怖い!
大事な手をザックリ…行きました。

こんな時は、何しよう。
まず、元気出そうな音楽を聴く。

今私のバックには大音量で
ブレンデルの演奏する「ベートーヴェン:エロイカ変奏曲」が流れています。
そう言えば前にこの曲弾いた時はまだひよっこで…自分で言うのもなんだけど、支離滅裂な演奏しました。
またいつか、再挑戦します。必ず。

さて。

今日は前から調べたかったフランスのピアニストたちについて。
一度ハイドシェックから遡ってみたかった。
きっかけは、ブログに時々コメントくださる方より、ある資料を頂いたこと。

これ↓
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「音楽の友 10月号」より
実は10月号にはハイドシェックが登場。
コルトーについて語った記事が掲載されています。
(内容はムジカノーヴァ5月号と重複していますが)



このピアニスト列伝の大木の根元は、この人。

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ピエール・ジンメルマン
(Pierre Zimmermann 1785-1855)

パリ国立高等音楽院(以下、「パリ音」と略します)ピアノ科主任で、
セザール・フランクやジョルジュ・ビゼーなどを育てた人。



このジンメルマンがパリ音の教授を退任する時、次期教授に本当は大本命がいたのに
上手い事やって(笑)横入り?したのがこの人。

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アントワーヌ・フランソワ・マルモンテル
(Antoine François Marmontel 1816-1898)

横入りしたものの(しつこい)、マルモンテルは教育者としてとても優秀であったので
非常に沢山の優秀な弟子を育てたようです。
(ガブリエル・ピエルネ、マルグリット・ロン、クロード・ドビュッシー、イサーク・アルベニス等)

あ、ちょっと話はそれますが、
現フランス大統領夫人のセシリアさんは、アルベニスの曾孫だそうです。
サルコジ就任式典では、アルベニスの曲が流れました。



そうそうたる弟子たちの中で、その後のフランスピアニズムに大きな影響を与えたのがこの人。

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ルイ・ジョセフ・ディエメール
(Louis Josephe Diémer 1843-1919)

この人はパリ音学生時代も、そして卒業後もピアニストとして高く評価された人で
サラサーテと演奏旅行をしたほどの実力の持ち主。
数々の作曲から曲を献呈され、また自身の教養の広さもずば抜けていたようで
編曲や楽譜校正など、幅広く活躍しています。
今でもディエメールの音源は手に入るそうなので、是非聴いてみたいです。


パリ音にて師マルモンテルの後任を務め、亡くなるまで後進の指導にあたったディエメール。
育てた弟子たちの面々が素晴しいです。
ロベール・カサドシュ、ラザール・レヴィ、イヴ・ナット、マルセル・シャンピ…。


この辺りの時代まで来ると、身近に感じるピアニストたちが沢山います。
そして、ディエメールの弟子としてここで登場するのがこの人。

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言わずと知れた、アルフレッド・コルトー
(Alfred Cortot 1877-1962)

もう説明は要らない位ですね。
ところでコルトーの写真って陰鬱なのばっかりで…。


コルトーはハイドシェック家に家庭教師としてピアノを教えに来ていたと聞いていますが
色んな意味で「怖い」先生だったようです。
ハイドシェックが忘れられない、と語るコルトーのレッスンは
「ピアノの前で演奏しないで楽譜を読むことを要求された。
どうしたらいいかわからなくてまごまごしていると、読みなさい…とただ静かに指示が出るのみ。
まだ子供だった自分は何を要求されているのか分からなかったが、
演技は通用しないだろうという事と、とても大事な事を要求されているようだと自覚だけはあった。
あれほど怖いレッスンはなかった」

…だそうです。
このレッスンは当時のハイドシェックが感じた通り、非常に深い意味、というか暗示的だと思います。
私も今、これをレッスンでやられたら…想像しただけで冷や汗が出ます。

さて、コルトーに才能を認められたハイドシェックは、パリ音に進学。
マルセル・シャンピ(Marcel Ciampi 1891-1980)のクラスに入ります。
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シャンピの門下には、ハイドシェックの他にもとても沢山の弟子がいるのですが
今私が思いつくのは、大活躍のジャン・マルク・ルイサダかな。



ところで、ハイドシェックはシャンピよりも
アシスタントだった、ブランシュ・バスクレ・ド・ゲラルディ(Blanche Bascourret de Guéraldi)
の話をよくします。(残念ながら映像はなし)
ハイドシェックのずんぐりした手を見て「おまえはベートーヴェン弾きだね!」と言った、まさに「運命のオンナ」(笑)
ハイドシェックのピアニズムにかなり大きな影響を与えた人だと思います。


少し話が展開しますが
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青柳いずみこさんの「ピアニストが見たピアニスト」によりますと、



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実はハイドシェックはシャンピではなく、
シューマンやシューベルト、ブラームスなどのロマン派作品を得意とする
イヴ・ナット(Yves Nat 1890-1956)に師事したかったと書かれています。
でも、コルトーとシャンピの関係から決まってしまったと。
この辺りは、門下生としてのしがらみから仕方がなかったと思います。

ところでイヴ・ナットってハンサム…きゃ(*^_^*)



コホン…。

そもそも、ジンメルマンよりさらに遡って大元を探していくと
そこにはショパンの名が登場するわけで、
フランスピアニズムと言うのは、奥が深くそして絶対的。

Le chemin de musique continue.......
音楽の道は続く・・・



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by moncheminparis | 2007-09-28 11:43 | ピアノ piano


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