2008年 06月 21日
オジサマ、生還 & パンフ文章後記
今週始め、無事にパリに戻ってきたハイドシェック。
早速呼び出しがかかり、会いに出向く私。 ←とってもありがちなパターン。
当たり前ではありますが、どこで会ってもハイドシェックはハイドシェック。元気です。
会うなり話が止まらない…私とバイバイした日から起きた事を綿々と語る師匠。
そうなの~良かったね!え?そんな事あったの?あらら…とかまぁ、色々ありましたが
(突っ込むだけで高カロリー消費、な私)
ファンの皆さんが今一番知りたいのは新録音のことではないでしょうか。
ご安心を!録音は無事に終了し、本人も大満足の様子です。(発売日はまだ未定…おそらく年内?という情報あり)

米沢の写真も届けたのでまたひとしきり盛り上がり。
ハイドシェックが私のふるさとを気に入ってくれたのは、本当に嬉しい。
米沢を語るハイドシェックの表情が、「また行きたいな~」ムードたっぷりでございました。

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さて。
話は変わります。ちょっと真面目な話題です。
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2008年来日ツアーのパンフ。
表紙の写真は
音楽写真家、木之下晃氏によるもの。


この記念すべき40周年のパンフレットに執筆するという話が舞い込んできたのは、4月初旬。
ハイドシェックのペダルワークに関するテーマで、と依頼がありました。
いつぞやの自分のブログで私は「書いてみたい」、と宣言しています。
それが、発信源だったのか?真相はわかりませんが、理由なんてどうでもよし。
「書こう!」と決めました。即決。

私が初めてハイドシェックのレッスンを受けた曲は、ベートーヴェンのピアノソナタ第30番、第3楽章でした。
この時、私はハイドシェックの独特なペダリングに触れることになります。
ピアノの内部から立ちのぼるような音…レッスン会場が一気に魔法の世界へと変化した、
あの瞬間を忘れることが出来ません。

最初は、ハイドシェックの職人ぶりにただ驚嘆。
すごいすごいと毎回新しいペダルワークを見せられる度に驚く自分。
しかし、ある日ハイドシェックは言いました。
何故、この音なのか?どうしてここでこの様に工夫するのか?それこそが大事だと。
技術とは表現する手段でしかない。大事なのは心=表現欲。

昔、高校の担任が(私は音高出身です)入学早々に
「まず、テクニックを身に付けるのが先。テクニックさえあればどんな表現も、実現可能」
と、言い放った事がありました。
私は何年も経った今でも、この担任のセリフを忘れることが出来ません。
テクニックが先、という言葉に私は敏感に反応。頭のどこかでアラームが鳴ったのです。


違うんじゃないか…。


でも。
当時、自分の中にまだハッキリとした主張も自信もなかった私はそこで言葉を飲み込みました。

私は、世の中には色んな意見があっていいと思っています。
そうだ、いやそうではない、そう言う対極同士がぶつかりあって答えが見つかっていく。
そして私は「テクニックが先」論に、反対。
ハイドシェックと出会ってからさらにその思いを強くしています。

ハイドシェックのペダルワークは、
根底に「どうしようもなく表現したい何か」があるからこそのテクニック。
ペダルで補うのではなく、そこにはペダルがなくてはならない!
『ハイドシェックの魔法のペダル』は、そんなハイドシェックの職人な姿に迫ってみたくて書いた文章でした。

今、色々な方面から反応を頂いています。
その1つ1つのご意見に、感謝しつつ。
「書く」ことと「演奏する」ことの類似性にも、また新たな発見をしている私です。

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by moncheminparis | 2008-06-21 23:49 | ハイドシェック en France


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