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2007年 09月 28日
フランスピアニスト列伝 pianistes français....
美味しいパン~♪とか言って浮かれてるとこういう事になります…。
ハイ(>_<) パン切りナイフって怖い!
大事な手をザックリ…行きました。

こんな時は、何しよう。
まず、元気出そうな音楽を聴く。

今私のバックには大音量で
ブレンデルの演奏する「ベートーヴェン:エロイカ変奏曲」が流れています。
そう言えば前にこの曲弾いた時はまだひよっこで…自分で言うのもなんだけど、支離滅裂な演奏しました。
またいつか、再挑戦します。必ず。

さて。

今日は前から調べたかったフランスのピアニストたちについて。
一度ハイドシェックから遡ってみたかった。
きっかけは、ブログに時々コメントくださる方より、ある資料を頂いたこと。

これ↓
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「音楽の友 10月号」より
実は10月号にはハイドシェックが登場。
コルトーについて語った記事が掲載されています。
(内容はムジカノーヴァ5月号と重複していますが)



このピアニスト列伝の大木の根元は、この人。

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ピエール・ジンメルマン
(Pierre Zimmermann 1785-1855)

パリ国立高等音楽院(以下、「パリ音」と略します)ピアノ科主任で、
セザール・フランクやジョルジュ・ビゼーなどを育てた人。



このジンメルマンがパリ音の教授を退任する時、次期教授に本当は大本命がいたのに
上手い事やって(笑)横入り?したのがこの人。

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アントワーヌ・フランソワ・マルモンテル
(Antoine François Marmontel 1816-1898)

横入りしたものの(しつこい)、マルモンテルは教育者としてとても優秀であったので
非常に沢山の優秀な弟子を育てたようです。
(ガブリエル・ピエルネ、マルグリット・ロン、クロード・ドビュッシー、イサーク・アルベニス等)

あ、ちょっと話はそれますが、
現フランス大統領夫人のセシリアさんは、アルベニスの曾孫だそうです。
サルコジ就任式典では、アルベニスの曲が流れました。



そうそうたる弟子たちの中で、その後のフランスピアニズムに大きな影響を与えたのがこの人。

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ルイ・ジョセフ・ディエメール
(Louis Josephe Diémer 1843-1919)

この人はパリ音学生時代も、そして卒業後もピアニストとして高く評価された人で
サラサーテと演奏旅行をしたほどの実力の持ち主。
数々の作曲から曲を献呈され、また自身の教養の広さもずば抜けていたようで
編曲や楽譜校正など、幅広く活躍しています。
今でもディエメールの音源は手に入るそうなので、是非聴いてみたいです。


パリ音にて師マルモンテルの後任を務め、亡くなるまで後進の指導にあたったディエメール。
育てた弟子たちの面々が素晴しいです。
ロベール・カサドシュ、ラザール・レヴィ、イヴ・ナット、マルセル・シャンピ…。


この辺りの時代まで来ると、身近に感じるピアニストたちが沢山います。
そして、ディエメールの弟子としてここで登場するのがこの人。

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言わずと知れた、アルフレッド・コルトー
(Alfred Cortot 1877-1962)

もう説明は要らない位ですね。
ところでコルトーの写真って陰鬱なのばっかりで…。


コルトーはハイドシェック家に家庭教師としてピアノを教えに来ていたと聞いていますが
色んな意味で「怖い」先生だったようです。
ハイドシェックが忘れられない、と語るコルトーのレッスンは
「ピアノの前で演奏しないで楽譜を読むことを要求された。
どうしたらいいかわからなくてまごまごしていると、読みなさい…とただ静かに指示が出るのみ。
まだ子供だった自分は何を要求されているのか分からなかったが、
演技は通用しないだろうという事と、とても大事な事を要求されているようだと自覚だけはあった。
あれほど怖いレッスンはなかった」

…だそうです。
このレッスンは当時のハイドシェックが感じた通り、非常に深い意味、というか暗示的だと思います。
私も今、これをレッスンでやられたら…想像しただけで冷や汗が出ます。

さて、コルトーに才能を認められたハイドシェックは、パリ音に進学。
マルセル・シャンピ(Marcel Ciampi 1891-1980)のクラスに入ります。
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シャンピの門下には、ハイドシェックの他にもとても沢山の弟子がいるのですが
今私が思いつくのは、大活躍のジャン・マルク・ルイサダかな。



ところで、ハイドシェックはシャンピよりも
アシスタントだった、ブランシュ・バスクレ・ド・ゲラルディ(Blanche Bascourret de Guéraldi)
の話をよくします。(残念ながら映像はなし)
ハイドシェックのずんぐりした手を見て「おまえはベートーヴェン弾きだね!」と言った、まさに「運命のオンナ」(笑)
ハイドシェックのピアニズムにかなり大きな影響を与えた人だと思います。


少し話が展開しますが
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青柳いずみこさんの「ピアニストが見たピアニスト」によりますと、



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実はハイドシェックはシャンピではなく、
シューマンやシューベルト、ブラームスなどのロマン派作品を得意とする
イヴ・ナット(Yves Nat 1890-1956)に師事したかったと書かれています。
でも、コルトーとシャンピの関係から決まってしまったと。
この辺りは、門下生としてのしがらみから仕方がなかったと思います。

ところでイヴ・ナットってハンサム…きゃ(*^_^*)



コホン…。

そもそも、ジンメルマンよりさらに遡って大元を探していくと
そこにはショパンの名が登場するわけで、
フランスピアニズムと言うのは、奥が深くそして絶対的。

Le chemin de musique continue.......
音楽の道は続く・・・



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by moncheminparis | 2007-09-28 11:43 | ピアノ piano
2007年 09月 26日
Galerie Lafayette にて
今日は風が冷たいパリです。
雨降ったり晴れたり曇ったり…何とも忙しいお天気。

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今日のオペラ座はこんな感じ。。
今、オペラ座玄関&メトロのOpéra駅は工事中で
ごちゃごちゃした感じになっています。
メトロの駅なんて、丸ごと箱をかぶされたみたいになってて
いかにも大改装って感じ。
駅は11月の末に再開するらしいのですが、どんな変化を見せるのか…。
全然変わってないじゃん!ってなオチも大有りな、パリですが(笑)


オペラ座界隈に来たら私が80%くらいの確立で行くのが
Galerie Lafayette Gourmet、ギャラリー・ラファイエットの食品館。
ここに大好きな ERIC KAYSERのパンのスタンドがあるのです。

実はもうこの時お昼過ぎてて、お腹がペコペコ。
でも、基本私は1人で食事するのが好きではないし、
その辺で適当に食べても大抵はあんまり満足出来ないことが多いので、
ちょっと空腹を我慢して、その代わり大好きなパンを買う事に決定。

冷蔵庫にチーズやセロリのサラダもあるし、スープも残っていたし…。
残り物でも、最高に美味しいパンがあれば、外で適当なもの食べるよりずっと幸せ。
適当なものって言うのは、カフェで大体出てくるサラダ付きキッシュとか、クロックムッシューとかの類。
あとはステックフリット(ステーキとフライドポテトのこと)とか、鳥のロティのなんとか、とか…。

時々無性に食べたくなる時もあるけど、なんかカロリーのみって感じで。
昔は全然気にならなかったけど…これって年?
わざわざお金出して食べたくないって思うようになってしまいました。

Lafayette Gourmetの難点は、いつでも人がいっぱいなところ。
観光スポットなので仕方がありません。
でも私は最近、このGourmet館の裏口を見つけたのでそこから入店。
さらに良いのはこの入り口から入るとKAYSERスタンドに超近い。

スイスイ~~っと行って、買うパンも大抵決まっているのでパッと買って。
お腹と背中が~くっつくぞ!状態の私は早足で店を後に。

メトロまでずんずん…ずんずん…。
お腹空いてるので周りなんて何にも見えない…ん??

ん?あれ??
なんじゃ?




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ギャラリー・ラファイエットのショーウィンドウに、ピアノ…。



なんで~ここにピアノがあるの?
と気になって、近くに寄ってみれば何だか変わったデザインのピアノでした。
道行く人に超メイワクそうな顔されても、見たいものは見る。


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ピアノはれっきとしたPLEYEL製なのですが、デザインが個性的。
(デザイナーの名前があまりにも踊ってて読めません…
イニシャルはA.P とだけしか解読不可能)


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窓に外側が映っちゃって良く見えないので残念なのですが、
細かいディテールが個性的に演出されている、デザインピアノでした。
前足?2本はどんなに鍵盤をガンガン弾いてもOK的な、太い足。
それに対して華奢でくにゃん…とした後ろ足?(と言うのかどうか)
椅子のデザインも変わってますね。ずん胴な感じ…。

このピアノ、好き?とか聞かれると困るけど。
ピアノの中身には興味あっても外側は…普通なのがいいかな。
ポップスとかジャズだったら、カッコよく決まりそうだけど。


蓋の内部には星空みたいな細工がしてあったり、
蓋の開閉角度を変えるための細工もかなり個性的だったりしたのですが
お日様が邪魔をして、上手く写真に撮れませんでした。
BBさん、こんなんでOKでしょうか…。
もうちょっとちゃんと見せてあげたかったんですけど。


そんなこんなで大幅に足止めをくらってしまったわけなのですが
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遅いお昼をちゃんと、KEYSERのパンと共に済ませました。
普通のバゲットより少しだけ高いけど、これで食事の質が全然違う♪

ごちそうさま!




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by moncheminparis | 2007-09-26 18:14 | パリ風景 Paris
2007年 09月 24日
残暑はゴメンでざんしょ。
土曜日より、パリに戻ってきました。
残暑はもう、たくさんっ!
涼しい、というかどっちかと言うと寒いパリです。
気温差、約15度前後。
時差ぼけ、気温ぼけで体が変です。
疲れで寒い、気温差でもっと寒く感じる、そんなところでしょうか。

風邪ひかないように気をつけないと~~~~。
と、思っていたら、9月の頭からドイツ留学を始めた私の従姉妹は早速風邪をひいたようで。
最初は緊張で疲労が溜まりやすいし、この気温差じゃね…。


さて。
ハイドシェックがリサイタルを約1ヵ月後に控えています。
10月18日に、Angoulême(16000 Poitou-Charentes ←ボルドーの近くみたいです…)にてリサイタル。

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このAngoulêmeという街は、
1515~1547年にフランス王として在位した、フランソワ1世 François 1er de France
に縁のある土地だという事で、現在も歴史の残る素晴しい街だとハイドシェックが教えてくれました。


フランソワ1世は、最初のルネッサンス君主とも呼ばれ、
多くの芸術家(有名なのはレオナルド・ダ・ヴィンチ)を保護した事でも知られるそうです。


ところで、このフランソワ1世が在位した時代のフランスと言えば、ヴァロア王家 La Maison des Valois。
1328~1589年の間13代の王を輩出した、フランス王朝。
この「ヴァロア王家」の名前をハイドシェックから聞いたとたんに、ある映画を思い出しました。


「マリー・アントワネットの首飾り」(主演:ヒラリー・スワンク)c0086674_18242554.jpg

~ルイ王朝最大のスキャンダル…仕掛けたのは1人の女と2800カラットのダイアモンド~
という、ちょっと俗っぽいキャッチフレーズの映画。

私は映画を見たのではなく、
フランスに戻る飛行機の時間つぶしのために本を買って読んだのですが、
フランス革命の導火線と言われている
有名な「首飾り事件」の首謀者として印象的に描かれていたのが
ジャンヌ・ド・ラ・モット・ヴァロア、と名乗る1人の女性。


陰謀により幼くして孤児となったジャンヌが、
唯一自分の高貴な身分を証明するヴァロア家の家系図を持って
再び王家に迎え入れられるべく当時の王女マリー・アントワネットに近づくのですが、相手にされず…。
名誉を取り戻すためついにある陰謀を企てる、そんなストーリーでした。

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          マリー・アントワネット V.S. ジャンヌ



物語に登場したヴァロア家という名前に、当時は知識もなく「名門」としか認識出来ませんでしたが、
こうしてハイドシェックがそのヴァロア家に縁のある土地でリサイタルをするという事で俄然興味が湧き、色々調べています。←単純…。

ところで。

実は、ハイドシェック夫人のターニャさんは
結婚前、マリー・アントワネットという名前だったみたいです。

もう随分前になるのですが、
ターニャさんの書斎に、アントワネットの肖像画が飾られているのをチラッと見かけた時に、どうして?と尋ねたら、
「ターニャの実名はマリー・アントワネットなんだよ、でも結婚する時にターニャと改名したんだ」
と、ハイドシェックは説明してくれました。

……いえ…実は当時まだ語学力のなかった私…。
何故ターニャと改名したのか、ちゃんと説明してくれたはずなのですが、
理解出来ず、はしょった記憶しか残っていないのでした…。あ~ぁ。
また、機会があったらちゃんと聞いてみようと思います。


そうそう。
23日のFM放送は素晴しかったようですね。
コメントで知らせてくださったみなさま、どうもありがとうございました♪



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↑いつも、応援ありがとうございます★
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by moncheminparis | 2007-09-24 12:00 | ハイドシェック en France
2007年 09月 18日
ハイドシェック札幌公演、放送日時のお知らせ & 来年のツアーについて
♪またまた、ハイドシェックがNHK-FMに登場。
5月の札幌交響楽団定期演奏会の模様が放送されます。


日時:2007年 9月23日(日)
放送時間 :午後2:00~午後6:00(240分)



「札幌スペシャル」と題されたこの番組。
ハイドシェックの演奏曲目は
モーツァルト:ピアノ協奏曲第18番 変ロ長調 K.456  です。

番組内容の詳細はこちらをご覧下さい(NHK番組表へ)


そして。
コンサートイマジンより、来年の公演予定が正式に発表されました♪
2008年6月6日:サントリーホール 大ホール

プログラム内容やその他の公演については、まだ詳細は決定しておりませんが
また情報が手に入り次第、お知らせしていきたいと思います。
ファンの皆様、楽しみにお待ち下さい!



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by moncheminparis | 2007-09-18 11:34 | ハイドシェック au Japon
2007年 09月 17日
私のルーツ。
今日は箪笥の中の祖母の着物を整理しました。
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一気に部屋中、ジャポネ japonais な世界。。
なんだか色っぽい。。。ムンムン(笑)


私は祖母(母方)に会った事がありません。
祖母は身体が弱く、随分若い時に亡くなってしまいました。

祖母の着物は今までチラッと見せてもらった事はあったのですが、じっくり見るのは今日が初めて。
小柄だった祖母の着物は、体型の全く違う私は着られないし、母ももう着る事はないだろうという事で
今日思い切って整理したのですが、帯だけは取っておくことに。

着物のことはよくわからない私。。
でも、たくさん見せてもらって、楽しかった。
生地なんて贅沢なものばかりで。すごいなぁ。
会った事のない祖母へのイメージが膨らみました。

早くに他界した祖母。
出てくる着物や帯は、祖母が相当若い頃身に付けていたものばかり。
という事は、祖母のまた一世代上の曾祖母が選んだ物がほとんど。
相当古いもののはずなのですが。
それにしてはなんだか、モダンな柄が多くてビックリしました。

曾祖母のチョイスは、今の私にもすんなり受け入れる事が出来て、感動。
「ハイカラ」って言葉、その意味もちゃんと知らないし実感する機会も少ないのですが、こんな感じなのかなって思いました。
レトロだけど新しい感じ。古臭くない。カッコイイ。
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                 ↑ ↑ ↑ この真ん中辺りの帯なんて、すごくモダン。好き♪



私の祖母はピアノ教師でした。
祖母、母、私。
実は3代続けて、ピアノを弾いています。
もし祖母が今生きていたら、私のこと応援してくれたでしょうね。
会えなかったのが残念だなぁと時々思います。


でも祖母に会えなかった代わりに、曾祖母には会えたのは良かったな!
立派な大往生だった曾祖母。お洒落でキレイなおばあちゃんでした。

私のルーツ。
着物を見ながら、しみじみ感じた今日でした。
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by moncheminparis | 2007-09-17 19:07 | 自己紹介
2007年 09月 14日
コルトーのマスタークラス
最近はなんでもデジタル化、デジタル化って…もうついて行けないわ!
なんて思ってしまうことも多い日常ですが
そんな技術に今回ばかりは感謝しなければいけません。

実は最近このブログにコメントを下さった方のお陰で
ソニーミュージックから「コルトーのマスタークラス」というCDが出ていると情報を頂き、
そんな貴重な録音が残っているのか~~!と早速、超特急で入手してしまいました。
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♪「ALFRED CORTOT THE MASTER CLASSES」   SICC 226-8



ピアニストのマレイ・ペライアが数年前にコルトーの息子に会った時に、
30時間分ほどコルトーのレッスンを録音・保管している人がいる、と聞き
興味を持ったペライアは早速その録音の持ち主にコンタクトを取ったところから
このCDの構想が始まった、と冒頭の説明に書いてあります。



録音年は1954年から1960年まで。
コルトーが亡くなったのは1962年ですから、最晩年の録音という事になります。
CDジャケットの中には当時のコルトーの写真や
サル・コルトー Salle Cortot (エコール・ノルマル音楽院内のコンサートホール)でのレッスン風景なども載っていて、
私も以前、エコールノルマル音楽院に在籍し、サル・コルトーで演奏した事もあったので
それらの写真を見るだけですでに何とも言えない、感動的な気持ちです。

実は、エコールノルマルで5年間お世話になったヴィクトリア・メルキ先生もハイドシェックと同じく、コルトー門下なのですが
(エリックの事なんて、彼が短パン履いてた時から知ってるわ!だそうで…(^◇^))
レッスンは、昔コルトーがレッスンした部屋で行われたので(!)
出来が悪かった時は「コルトー先生の亡霊がでるわよ」と脅されたりした事もありました(笑)

そんな思い出も頭をよぎりながら、この貴重なCDを繰りかえし聞いています。

コルトーのレッスンについては、ハイドシェックやメルキ先生から時々聞いてはいたのですが
こうして音で実際に聞くと、本当に何とも言えない気持ちになります。
まるですぐそこにコルトーがいるかのようで。。。
コルトーの話すノーブルなフランス語、そして模範演奏の様子。
確かに演奏には傷が多く、ぶったまげるようなミスタッチも多々ありますが
それは、レッスンという状況の中で、リラックスしたコルトーの姿が見えるようで
「正真正銘、本物のコルトー」を感じます。

その音色の説得性、詩的で多彩なこと、そして音から感じるカリスマ性と言うか…。
ピアノの音を、鳴ってしまった後も操作するようなレッスンや
どんなに小さな音でも、対照的に大きな音でも、決して不自然な音を好まないコルトーのコメントを聞くうちに、
ハイドシェックのレッスンとの大きな共通点を沢山見つけました。

特に、ショパン作品のレッスンはもう…想像力を強烈にかき立てられます。
実は前に、ピアニストのジャン・マルク・ルイサダにもショパン作品をレッスンをしてもらった事があるのですが
その時ルイサダは、さかんにコルトーの名前を連発し、録音を聴くように私に勧めました。
そしてルイサダのレッスンの内容もまた、コルトーの影響を多々受けているなと
このCDを聞いて、改めて思い出したりしています。

コルトーは、ピアノ音楽の大きな礎となる偉大なピアニストでしたので
そこから枝分かれして沢山のピアニストが育っているのですが
そのレッスン現場の記録の一部がこうして残っている事は本当に素晴しい。
このCDは多くのピアニストにとって、大きな勇気を与えるものだと思います。



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CDに収められているレッスン曲目はこちら
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by moncheminparis | 2007-09-14 11:22 | ピアノ piano
2007年 09月 10日
9.11 と 音楽
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明日9月11日で、あの恐ろしいNY同時多発テロから丸6年。

2001年の9月11日、このニュースを私はパリで知りました。
何気なくつけた部屋のテレビに映る映像を、始めはただの映画のワンシーンかと思いました。
でも、その映像の下に流れるフランス語のテロップ…
見慣れないその単語とその後ろにながれるアナウンサーの声。

attentat…ってなんだろう。

ドキドキしながら辞書で引いた言葉は、恐ろしい意味をもつ言葉。
何度も何度も繰り返し映されるその映像が、現実のものと判断できるまで
長い時間が必要でした。



このニュースを知ってすぐに私に芽生えた感情は、恐怖。
戦争が始まったらどうしよう、と思ったのです。
自分の母国ではないフランスでこのニュースを知った衝撃は、大きかったです。
戦争が起こって、日本に帰れなくなったらどうしよう。

私は、自分の事ばっかり考えたんですね。

攻撃を受けた国は、アメリカ。
このままで済むわけがないと、恐怖だけが膨らんでいきました。


それから3日後。

ある映像を見て私の恐怖で固まった心が解けました。
それはイタリアの映像。
正午に全てのテレビの放送を止めて、
かわりにアメリカへの追悼のメッセージと、
バックにサミュエル・バーバー Samuel Barber の「弦楽のためのアダージョ」(映画「プラトーン」で使われた事で有名ですね)
を流した映像のみを3分間放映したのです。

バーバーのアダージョは私の心にまっすぐ届きました。
そして私はこの時ようやく心から悲しいと感じる事が出来、
テレビの前で1人で大泣きに泣きました。

人間らしい、「悲しい」という感情がやっと蘇ったのです。
バーバーの音楽のお陰で、泣く事が出来た。
それまで私の心は恐怖で鉄火面みたいになっていたんです。

悲しみと同時に私はこの時、音楽の持つ力を再認識しました。
私が世の中で音楽を一番信じる理由は、これなんだなと。
人間はみな、本当は美しい心と慈しみの気持ちを持っているはず。
ところが、私欲や憎しみなどで、その気持ちはどこかへ忘れ去られてしまう。

でも音楽を聴けば、説明なんて要らない。
言葉よりもずっと説得力のある、心に届くメッセージだから。
「心」は人間が人間らしくあるために、一番大事なもの。
音楽によって、失われた多くの命に祈りをささげる事が出来る。



その後、より詳しい状況がわかるようになって、
いかにこの悲劇の根っこが深いか、理解しなくてはと思いました。
そして被害にあってしまった人、その家族、救助活動に向って被害にあってしまった消防士…。
多くの心が深く深く傷ついた事を知りました。

この事件を難しい解説付きで理解する事は私には出来ませんが
悲しみを共有する事は出来ます。
9.11を忘れないように…風化させないようにしなければ、と思います。



Samuel Barber 「弦楽のためのアダージョ」
映画「プラトーン」の映像と共に…。


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by moncheminparis | 2007-09-10 12:15 | 日々のこと… d'habitude
2007年 09月 09日
神様になった Luciano PAVAROTTI
台風が来たり、法事があったりでここ数日ちょっとバタバタ…。
ブログの更新がストップしていました。

空の様子がようやく、秋らしくなってきました。
雲の形も変わったし、トンボが飛んだり。
ツクツクホーシもいつの間にか少なくなっているような。
猛暑の夏が、秋に切り替わりつつあります。
でもまだ暑いけど…(>_<)
**************************************

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ブログを書かなかった間に、偉大なテノール歌手
ルチアーノ・パヴァロッティが亡くなってしまいました。
あぁ、あの伸びやかな太陽の様な美声が天国に召されてしまったのですね。
71歳という年齢だったことを、新聞記事で初めて知りました。

いわゆる「3大テノール」時代、
我が家も音楽好きの父がよく3人のコンサートを好んで聞いていたものでした。
その中でも、とりわけ私たちが素晴しい!と思っていたのが、パヴァロッティでした。
どこまでも柔らかく、力みのない美しいテノール。
なめらかなイタリア語も、当時まだ子供だった私には新鮮で。

父の膨大な音楽コレクションの中にパヴァロッティのCDあるかしら…
と思って探してみたら、やっぱり、ありました。
ポリドールから出ている「PASSIONE」というナポリ・ラブソング特集。
イタリア語っていいなぁ。音楽的。
歌に合わせて真似して発音してみたり。
話せるようになってみたいなぁ。

パヴァロッティと言えば
「誰も寝てはならぬ」などのオペラアリアのイメージが強いですが
イタリア民謡のような、歌曲も本当に素晴しいです。

今日はパヴァロッティの美声を聞きながら冥福を祈ることにします。
パヴァロッティの歌う「カタリ・カタリ」(CORE 'NGRATO)に万歳!



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by moncheminparis | 2007-09-09 12:07 | 日々のこと… d'habitude
2007年 09月 01日
草津アカデミーに感謝★
8月30日、草津アカデミー&フェスティバルが閉幕しました。
最終日の午前中には「スチューデントコンサート」、
そして夕方からは「クロージングコンサート」。
「スチューデントコンサート」には美智子皇后様もいらして、華やかに盛り上がった最終日でした。

クロージングコンサートには、ハイドシェックも出演。
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第2番 を演奏しました。

以前からこのブログで数回書いているのですが
私にとっては「草津」「ハイドシェック」「ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第2番」
と言うのが、人生の重要キーワード。
この出会いがなかったら、きっと私の人生は全く別のものになっていました。

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ショーコシャシン。(Photo de Kiyotane HAYASHI)
98年にアカデミーに初参加した時のスチューデントコンサートの模様。
演奏したのはそう、今回ハイドシェックが演奏するベートーヴェンの2番コンチェルト。
泣けちゃうくらい、懐かしい…。
この時譜めくりをしてくれた彼女とも、今ではお友達♪
縁って不思議!




草津には先日18日のハイドシェックソロリサイタルに行き、
クロージングコンサートは、実は行く予定にはしていなかったのですが
やはり、この運命的なコンサート、行かなくてどうする、と思い直し、
再び草津へ行ってきました。

行ってよかったです。
師匠、日程&天候の悪さで少々お疲れと聞いていたので…。
私が行けば、一応盛り上がるし??(笑)

草津に到着した日、皇后様がアカデミーを来訪されていました。
当然警備は厳戒態勢、やはり雰囲気はかなりピリピリ。
夜のリハーサルもこんな雰囲気では聴きに行けないかと思ったのですが
ちゃんと手配してもらえて、無事に会場に到着。
楽屋でピアノを練習中のハイドシェックに再会。

あれ?お疲れと聞いていたけど元気そう…?

…でもないか。
前日にオケとの初合わせがあったはずなので様子を聞いてみると
相当荒れ気味の合わせだったようで…(>_<)
「昨日はもう、疲れきっちゃってさ…」

あちゃ~~~!です。
ハイドシェックとの時間はいつでも、スリリング。
前日の様子のせいでスタッフもみんな、なんだか心配顔。。
さぁ、どうなる本日のリハーサル!

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さすが、ハイドシェック。
やはりちゃんと調子を上げてきます。
一音目からいい音してました。
オケや指揮者のデーラーさんとも何だか和気あいあい。
良かった!これで安心!と皆、大喜び。
周りに心配かけずぎです、師匠…。



そして、コンサート当日。
皇后様の移動の際には、その度に全ての動きがストップしてしまうので
ハイドシェックの手配した車が来れなかったり、
持っている手提げ袋の中身をチェックされたり、
あっちにもこっちにもいるSPに常に監視されている、そんな緊張状態のなか、
ハイドシェックにとっては本番に向けて集中するためにはベストコンディションとは言えなかったと思いますが、
午後3時くらいに皇后様がお帰りになった後は、草津も静けさを取り戻しました。

***********************************************
皇后様は2度ほどお見かけしましたが
やはりとてもお綺麗でした~~。品格というのはにじみ出るものですね。
ハイドシェックも、皇后様とお話する機会があったようで
皇后様の美しさ、優雅さにとても感動していました。
***********************************************

話をコンサートに戻します。

当日はあいにくの天気。
雨が降り、霧も出てとても寒かった。
でも、ハイドシェックのピアノは「キラキラ」していました。
雨が少々苦手なハイドシェック、体調的には少し心配もありましたが
演奏は、やはりどこまでもハイドシェック!
コンチェルトを弾かせたらやはり最強。そう思いました。
ハイドシェックの演奏するコンチェルトは、
ソロパートを鳴らしながらもオケのために重要な音もちゃんと拾いながら演奏していくので
そこにピアノとオケの対話が生まれ、躍動感ある演奏になるのです。

ハイドシェックがいつも言うコンチェルトを勉強する時の心得。
それは「まずオケパートから譜読みするように」ということ。
ソロパートだけ練習していては、コンチェルトの全体像は見えない、という
一見当たり前のような言葉ですが、奥の深いアドヴァイスです。


コンサート後のサイン会の様子。
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「素晴しかったよ」と声をかけに会いに来て下さった、ヴァイオリンのガブリロフ先生と。
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盛大に終わったコンサートの後は、打ち上げパーティ。
受講生も、教授陣も、スタッフも、一般客も、み~んなで楽しく過ごしました。
ハイドシェックもたくさんのファンに囲まれて、さすがの人気者。
楽しい楽しい!

私が今回、とても嬉しかったのは
ハイドシェッククラスの受講生のみなさんの言葉。

「わたしたちみんな、ハイドシェック先生のファンになってしまいました」
「時に優しく、時にものすごくおっかないけど、心があっての厳しい指導だとわかりました」
と、みなさん本当にこの2週間ハイドシェックと充実の時間を過ごされたようで、嬉しかったです。
中には「レッスンは天国と地獄を両方経験した」なんて言う、方もいらっしゃいましたが
どういう意味だかは、私は大体想像がつきます(笑)

私には、母が昔私に言った名言があります。
「褒めることなんて簡単、責任を持って叱ってくれる人が本物」

まさに、ハイドシェックとのレッスンもそう。
決して手放しで褒めてくれませんから。
良い時は良い、それ以外は褒めません。
褒めないどころか、熱が入ってくると怒られる!
だから、時にぶつかる。
私もレッスン中に「なんだと~こんにゃろ~」と思ったこともあるし。
でも、そこから自分で歯を食いしばって頑張る。
ハイドシェックは、ちゃんと頑張る機会を与えてくれているんですね。

こんなレッスンの姿勢にも
ハイドシェックの正直さ、ひたむきさが表れていると思います。


2週間のアカデミー、お疲れ様でした。
ハイドシェックは翌日にはパリに戻り、そのまた翌日にはブルターニュに移動。
そこでヴァカンスを過ごすようです。
長旅大変だけど、ブルターニュに着いたらゆっくり出来ますね。

草津でお会いしたみなさまも、お疲れ様でした~。
また再会できる日があるといいですね♪



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by moncheminparis | 2007-09-01 10:18 | ハイドシェック au Japon